第187回 渋谷にゴジラ
2024.3.31いしだのおじさんの田園都市生活
渋谷にゴジラ!
出現!
いや、もちろん、シアターのスクリーン。
デカイ足と尻尾で、街を蹂躙!
いや、作品中では銀座。
(フィクションだからね、破壊は痛快)
調整した予定がキャンセル、で、時間ができ、
畑の誘惑(?)を振り切って(?)、
というか、たまには、カルティベイトでなくカルチャー!
と、
久しぶりの渋谷で、久しぶりの映画館の映画。
(実は、前日、1日中、畑にいた)
爆音と振動で筋肉が疲れた、が、楽しかった。
見て良かった。
(シニア料金だしね)
ネットを覗くと、いろいろ深読みもあるようだし、
学者が国を批判するコトバには、敗戦後らしさもあって、
もしかしたら、反戦平和の映画?
と、思いつつも、エンタテインメントした。
(ノベライズを借りて読むことにしよう)
しかし、子どものころ、キングギドラとか、ミニラとか、
親父や、伯母に連れて行ってもらったなぁ。
(あのころの映画館は暗くて、怪獣たちも暗かった印象がある)
モスラはテレビで見たよな。ザ・ピーナッツ。
あのころのテレビは楽しかった。
大魔神やガメラも、、、
渋谷ということで言えば、
映画は、タワーリングインフェルノ、パピヨンとマックイーンを親父と観た。
サンダーバード6号も。
家族で行ったロゴスキー。
デートでも楽しんだプラネタリウム。
そう、書店もいろいろあったな。
三省堂、大盛堂、旭屋、、、
109の中の旭屋ではいろんなマンガ(『しんきらり』とか)に出会えた、
と、記憶しているが、
なんだか、もう、トオイトオイ話、
夢か現か、、、
シアターは駅直結だった。
だから、街を歩かずに帰ることもできたのだが、
どこかでヒルノミもいいかも、と、
少し、歩いてみた。
ネット情報も少し見たけど、街歩きで、シブい店を捜そうかと、、、
しかし、
学生時代に根城にしていた街、
良いも悪いもいろんなことがあった街だったはずだが、
10分もしないうちに気持ち悪くなって、、、
情けない。
渋谷の大学に入学したのが1980年。
天気がいいと授業をサボり、雨が降ると、またサボる。
学食にはビールは無いが、A学会館のレストランで昼ビール。
午後の授業中にトイレ!(コラッ!)
辛うじてギャンブルや葉っぱにはノメリコマナカッタが、
田んぼに囲まれた高校に徒歩通学していた田園都市生活のガキが、
マグレで入った大学で、
シティボーイを気取って調子に乗っていた。
なぜか、ウエスタンブーツ(トニーラマ)とか、、、
今、思うと、あああ、情けない。
が、
時代をイイワケにすれば、
ファッションコミュニティ109の開店が1979年。
PARCOがPart3までそろったのが1981年。
タワレコも1981年。
BEAMSのファイヤー通り店は1977年。
東急ハンズ渋谷店が1978年。
そして、六本木XANADUは1979年。
ディスコ、サーフィン、ハマトラ、アメカジ、デッドストック、、、
という、なんとも、ナントモ、
「消費こそ美徳」という空気は、
バブルに向かって、まさに流れていた感覚。
『なんとなくクリスタル』は1980年。
そして、
ユーミンが「守ってあげたい」を歌ったのが1981年夏、
だった。
俺が、ユーミンを初めて聴いたのは、1975年、中学3年生のころだったと思う。
仲良くしていた女子の家の応接間の4チャンネルステレオ。
(これは、ビートルズを教えてくれた従兄の家にもあった)
『ひこうき雲』(73年)と『MISSLIM』(74年)は彼女の姉のものだったか。
「ビートルズやギターヒーロー!日本の音楽なんて、、、」というガキだった俺。
特に、『MISSLIM』のジャケットの暗さ、、、
曲を聴く前に勝手に切り捨てていた。
ツェッペリン、クリーム、ジェフベック、ジミヘン、オールマン、、、
だが、しかし、
女子と仲良くなるにはユーミンだった。
いや、仲良くなるにつれて、カセットテープコレクションにユーミンが、、、
その子とは、いろいろあった、し、
ユーミンもいろいろ聴いた。
荒井由実が松任谷由実になって、
『流線形‘80』はちょっとバブルのニオイもあったが、
『OLIVE』、『悲しいほどお天気』、『時のないホテル』は、
むしろ、少し暗く内向していくイメージだった。
それは、俺と彼女のそれぞれの高校生活と二人の関係も、、、
そして、カンチガイしていたシティボーイ時代。
俺のことを「守ってあげたい」という彼女との日々、、、
渋谷の街には何か希望の種があるかも、と、彷徨っていた。
大学祭にユーミンが来たときに、ペアチケットを友に譲ったのは、
その彼女との関係がこじれていたからだったと、、、
そういうことにしておこう。
俺が、守ってあげられなかった、か?
そんなことを断片的に思い出し、
しかし、街に当時の面影を探すのも無駄なことだし、
(道頓堀劇場は健在だった!)
常に新陳代謝を繰り返している街に、
気持ち悪くなって、
逃げるように電車に乗った。
そして、結局、
ナンダヨー、
向ったのは畑、
ジャナイカ。
渋谷でヒルノミかまそうかと思っていたのに、
スーパーで発泡酒を買って、作業前にプシュッ。
そして、しばらく目を閉じて座って(瞑想して?)から、
長靴を履いて、腰を伸ばして、、、
いつもの自分に戻っていった。
うん、インゲンの種でもまくかな、、、のモード。
よし、今年は、初夏から晩秋まで切らさずにインゲンを収穫しよう、、、
と、ササヤカな前向きテンション。
雨雲を気にしながら、
通路に生えてきた雑草を取ったり、
サンサンネットのトンネルを固定し直したり、
丸ノコで廃材を薪にしたり、
雑用も楽しい。
ポケットのスマホからはリンゴスターの力の抜けた歌声。
もう、渋谷の街は歩かないことにしよう。
シアターを利用するのみでじゅうぶんだ。
俺にとっての渋谷の街は、もう、破壊されたんだ。
ゴジラに。
(昼呑みはタイガイに、、、石田周一)